ユダヤ・キリスト教における一夫多妻制

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説明: 一夫多妻制の歴史と、ユダヤ・キリスト教におけるその合法性について。

  • より IslamReligion.com
  • 掲載日時 04 Oct 2010
  • 編集日時 04 Oct 2010
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一夫多妻制は、イスラームだけに限られた慣行ではありません。実際にはユダヤ教徒、そしてキリスト教徒といった啓典の民の歴史においても広く認知されてきたことなのですが、後世になって初めて彼らの宗教権威により忌避され、公然と禁じられるようになったのです。しかしながら諸宗教の歴史を辿れば、それは認知だけでなく奨励すらされていたことが分かります。

ユダヤ教における一夫多妻制

一夫多妻制は、モーゼ出現以前から古代イスラエル人たちによって実践され、彼らヘブライ男性によって結婚出来る女性の数は制限すらされてはいませんでした。ジューイッシュ・エンサイクロペディア(ユダヤ百科事典)によると、こうあります:

初期ユダヤ人社会においては一妻多夫が行なわれていた形跡はありませんが、一夫多妻制は確立された慣行であり、最も記録をさかのぼることの出来る古代から、比較的近代まで行なわれていたことが分かっています。[1]

また彼らのその他の一般的慣行として、妾の存在が挙げられます。[2]後世に入り、エルサレムのタルムードは妻への適切な処遇がされるよう、夫の能力に基づいてその数を制限するようになりました。同時に一部のラビたちは、男性が四人以上の妻を娶らないよう忠告しています。ユダヤ教における一夫多妻制は、神ではなくラビたちによって禁じられるようになりました。ラビ・ゲルショム・ベン・ユダは11世紀、東ヨーロッパ系ユダヤ教徒(アシュケナジー)に対し一夫多妻を禁じ、そしてそれは1000年もの間に渡って(1987年まで)継続したことが記録されています。一方で、地中海沿岸のユダヤ教徒(スファラディー)は一夫多妻を実践し続けました。[3]従って、ウィル・デュラントによれば、‘一夫多妻は裕福なユダヤ教徒たちによってイスラームの地において実践されてきたが、キリスト教国に住むユダヤ教徒たちの間ではごく稀であった。’[4] ハイファ大学の社会・文化人類学教授のジョセフ・ギナートによると、それはイスラエルの18万人のベドウィンたちの間では一般的であり、増加しているとのことです。また、イエメンに住むスファラディー・ユダヤ人たちの間でも常習的であり、ラビたちもユダヤ人たちに4人までの結婚を認めています。[5]近代イスラエルにおいては、もしも妻が不妊症だったり、精神病に冒されている場合、ラビたちは夫が第一妻と離婚することなく二人目の妻を娶る権利を与えています。[6]

キリスト教における一夫多妻制

地上での任務において結婚をしなかったイエスは、結婚の慣行における模範としては不適切です。そうでなければ彼は一夫多妻制を容認したでことでしょう。神父ユージーン・ヒルマンは、‘新約聖書のどこにも結婚が一夫一婦であるべきこと、または一夫多妻を禁じることを明確に示す戒律は見当たらない。’と述べています。[7] ローマ教会が一夫多妻制を禁じた理由とは、一人の合法的な妻のみを認めたギリシャ・ローマ文化への遵奉ですが、それにも関わらず妾や売春の存在は黙認していたのです。[8]

四世紀のローマ皇帝ウァレンティニアヌス1世は、キリスト教徒が二人の妻を娶ることを許可しました。八世紀に教会と国家の権力を得たシャルルマーニュは、自身一夫多妻を実践し、六人の妻(一部の権威によると九人の妻)を持ちました。[9] Polygamous Families in Contemporary Society の著者ジョセフ・ギナートによれば、カトリック教会はこの慣行を嫌悪しましたが、政治的指導者に対しては二人目の妻をしばしば是認していたということです。[10]

また聖アウグスティヌスはそれが本質的に不道徳、または罪深いものであるとは見なさなかったとされ、国家の合法的慣行だった一夫多妻制は犯罪ではないと宣言しています。[11] 彼は The Good of Marriage1517段落)の中で、一夫多妻制についてこう記しています:

“それは古代の父祖たちの間では合法だったのである。それが現在も合法であるかどうかに関し、私はその宣告を急いだりはしない。現在には子供をもうけることに関し、過去のように妻たちに妊娠する能力があった時でさえも認められていたほどの必要性がないからである。過去には子孫を増やすために複数の妻を娶ることが認められていたが、現在では確かに非合法なのである。”

彼は司教たちへの判決を拒否しましたが、一夫多妻の容認性を彼らの慣行から推論することはしませんでした。彼は別のところで、こう書いています:“実に現在の私たちの時代では、ローマの慣行に従い、別の妻を娶り、一人以上の妻を持つことは許可されなくなったのである。”[12]

プロテスタントによる宗教改革の最中、マルティン・ルターは言いました:“私は個人的に、もしも誰かが二人かそれ以上の妻を娶りたいと望むのであれば、それは啓典に矛盾する行為ではないため、彼がそうするのを禁じることは出来ないと告白する。”彼はフィリップ1世 (ヘッセン方伯)へ、公なスキャンダルを避けるため、二人目の妻の存在を隠すよう忠告しました。[13] 最も偉大な英語詩人の一人で、有名な英国人ピューリタンでもあるジョン・ミルトン(1608−1674)はこう記しています:“私は‘一人の男性には一人の女性’とは言っていない。そうであれば私は聖なる総主教と信仰の柱を暗に非難していることになる。アブラハムやその他の者たちは同時に複数の妻を持っていたが、それが罪であることになってしまうからだ。そして神の聖所及び彼らによる子孫、つまりそれを作ったイスラエルの子孫は皆、虚偽であるとして除外せざるを得ないことになる。申命記にはこのようにある:不倫の子は、その十代目の子孫でさえ、主の集会に加わることはできない。”[14] また1650年2月14日、ニュルンベルク議会は30年戦争によって大勢の死者が出たことに鑑み、男性はそれぞれ10人までの女性と結婚が出来ることを認めています。[15]

アフリカの諸教会は長きに渡り一夫多妻制を認可してきました。彼らは1988年のランベス会議でこのように述べています:“アングリカン・コミュニオンでは、アフリカ各地の一夫多妻、また伝統的結婚において正真正銘の忠実さと誠実さのどちらの特色も認めることが出来ると認知しています。”[16] ケニヤ大統領でキリスト教徒でもあるムワイ・キバキは一夫多妻を実践しており、彼の勝利は東アフリカ長老派教会によって‘神の手’によるものであると表現されました。[17]また、白人キリスト教徒による支配の終ったアパルトヘイト後の南アフリカでも、一夫多妻制が合法化されています。[18]

末日聖徒イエス・キリスト教会は、創立初期の米国において一夫多妻を実践していました。教会がそれを非合法化した後も、分派は教会を去り、実践し続けて来ました。これらの集団による一夫多妻は今日でもユタ州とその隣接州とそのコロニー、またどの教会組織にも属しない個人によって実践されています。

米国では一夫多妻制は非合法ですが、非公式にはおよそ3万人から8万人の実践者たちが西部地域に存在しています。一般的にこれらの家族はモルモン教原理主義者、あるいは一夫多妻制は啓典に基づいた栄誉あるものとするキリスト教徒団体です。[19]

一夫多妻制について議論する際、イスラームとムスリムを名指しで公然と非難する前に、この問題と歴史に関して適切な知識が必要とされます。長い歴史を通して認知されてきた行為を、現代的視点に基づいて偏った判断を下すべきではないのです。それは神的導きを求めた上で、しっかりと調査されるべきなのです。



Footnotes:

[1] “Pilegesh”, Emil G. Hirsch, Schulim Ochser and the Executive Committee of the Editorial Board. The Jewish Encyclopedia. (http://www.jewishencyclopedia.com/view.jsp?artid=313&letter=P).

[2] Will Durant, “The Age of Faith: A History of Medieval Civilization -Christian, Islamic, and Judaic - from Constantine to Dante: A.D. 325-1300” (New York: Simon and Schuster, 1950) 380.

[3] Christopher Smith, “Polygamy’s Practice Stirs Debate in Israel,” Salt Lake Tribune Dec. 7, 2001.

[4] Peggy Fletcher Stack, “Globally, Polygamy Is Commonplace,” The Salt Lake Tribune 20 Sep. 1998.

[5] Polygamy Reconsidered, p. 140.

[6] Ibid., p. 17.

[7] Matilda Joslyn Gage, “Woman, Church And State,” p. 398.

[8] Peggy Fletcher Stack, “Globally, Polygamy Is Commonplace,” The Salt Lake Tribune 20 Sep. 1998.

[9] St. Augustine, lib. ii. cont. Faust, ch. xlvii.

[10] St. Augustine, lib. ii. cont. Faust, ch. xlvii.

[11] Deferrari, vol. 27: “Saint Augustine - Treatises on Marriage and Other Subjects” (1955), pp. 31, 34, 36, 18.

[12] Matilda Joslyn Gage, “Woman, Church And State,” p. 400.

[13] O. Jensen, A Genealogical Handbook of German Research (Rev. Ed., 1980) p. 59

[14] Robin Gill, “Churchgoing and Christian Ethics” (Cambridge, England: Cambridge University Press, 1999) 249,

[15] Sam Gonza, “Churches Celebrate Kenya’s New President,” Christianity Today Feb 20. 2003.

Marc Lacey, “Polygamy in Kenya an issue after wives of president revealed,” New York Times Dec 19. 2003.

[16] Aurelia Dyanti, “Two wives better than one for some South Africa men,” The Star July 16, 2003

[17] Cheryl Wetzstein, “Traditionalists Fear Same-Sex Unions Legitimize Polygamy,” The Washington Times 13 Dec. 2000.

[18] Cheryl Wetzstein, “Traditionalists Fear Same-Sex Unions Legitimize Polygamy,” The Washington Times 13 Dec. 2000

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