デレク・アブドル=ハキーム 米国出身の元キリスト教徒

評価:
フォントサイズ:
A- A A+

説明: いかに彼が一神教的理解を養ったのかについて。

  • より デレク・アブドル=ハキーム
  • 掲載日時 15 Jun 2015
  • 編集日時 15 Jun 2015
  • プリント数: 12
  • 観覧数: 6,010 (日平均: 2)
  • 評価: まだありません
  • 評価者: 0
  • メール数: 0
  • コメント日時: 0
低水準 高水準

Darrick_Abdul-hakim__Ex-Christian__USA_001.jpg僕の名は、デレク・アブドル=ハキームです。僕は米国に住む、二十歳のムスリムです。僕は今クパチーノ大学に通っていますが、近い将来に専攻分野により適した大学に転校する予定です。僕はセム語文学と呼ばれる古典ヘブライ語、そしてアラビア語文学・歴史を専攻する予定です。

僕は2001年10月12日のイシャー礼拝時に改宗しました。今のところ、新たなイスラーム的人生にとても満足しています。僕の改宗に関して斬新なことは何一つありませんが、多少は興味深い逸話かもしれません。

僕は情報に恵まれた環境でキリスト教徒として育ちました。僕はキリスト教の信条を友人たちや同僚、仲間たちに教えることに熱心でした。ただ、僕の人生は17歳を起点として、以前よりも複雑になっていきました。僕はキリスト教仲間たちをより深い視点で観察するようになりました。僕は彼らの大半が、キリスト教を100%期待されているように実践していないことにショックを受けました。

さらに状況を悪化させることに、僕は聖書に対してどんどん不満を抱くようになっていました。たとえば、イエスが自らを神と主張したというのは、教会によって改変された信条であることなどです。イエスは一度たりとも自身が全世界の神であると明言したことはありませんでした。

僕はイエスへの信仰を守り通そうとしましたが、時が経つにつれて世界に対する現実的な理解の必要性が高まってきた末、それを諦める時が来ました。それで、僕はまだ答えがあるかも知れないとイエスに祈りを捧げました。しかし時間が過ぎると教会の人生は何か違うと確信しました。

僕は、もし自分自身がより宗教的になったら何が起こるだろうかと考えましたが、そんなことが起きる代わりに僕はキリスト教を去り、別れを告げたのです。それだけでなく、神への信仰心も消え入ってしまいました。僕は信仰を持つべきなのか、神が存在しているのかどうかも分からない不可知論者となり、混乱の世界の中で自分を見失っていました。僕は無神論者ではありませんでしたが、神が誰なのか、またどういった存在なのかについて混乱していました。

状況は好転しませんでした。僕が信仰と教会を棄て去ってすぐ、祖母が亡くなりました。そのとき、人生について深く考え直しました。僕は宇宙について、そして人間の生命について考えました。僕は、なぜ倫理的であり続けるべきかについて自問しました(僕は飲酒について罪深いものであると感じていたため、飲酒をしませんでしたが、神を信じない者としては稀なのではないでしょうか)。僕は自分の存在について自問しました。僕は自分がここにいるべきかどうかについて考えを巡らせ、真剣に自殺することも考えました。僕は思い詰めており、仕事を辞めたいと思っていましたが、当時はまだ18歳でした。

アルハムドリッラー(神にすべての称賛あれ)、僕にはそのような破滅から防いでくれる友人たちがいました。しかし僕には依然として信仰がなく、人生はまるで好転の兆しもなく、祖母の死からも立ち直れないままでいました。

 やがて、僕は自分のために読書を始めました。僕は世界の信仰を紹介する本を見つけ、イスラームについて読み始めました。僕は過去に一度もイスラームについて知ろうとも思っていませんでした。翌日の通勤中、クルアーンの写本を持った人物と出会い、それを見せてくれるよう尋ねると、アルハムドリッラー、彼はそれを見せてくれただけでなく、それをくれたのです。僕は仰天しました。それを読んでその文学性に驚き、過去に知らなかったことが心に響き渡りました。それは包括的で、僕のような一般人にも理解し易いものでした。

9月11日、世界貿易センタービルが崩れ落ちるのを目撃しました。僕は「イスラームの教えがあのような行為を誘発したのだろうか」「イスラームはこれ程にも悪いものなのだろうか」と考え込みました。

しかし、読めば読む程、イスラームがあらゆる形の極端主義を非難するということを知りました。イスラームは平和を助長します。僕らは妊娠中絶医院の爆破といった野蛮な行為からキリスト教を判断すべきではありませんし、ユダヤ教のことを、1995年に神に背教したとみなされた総理大臣を暗殺したような者たちによる、ユダヤ人の世界を欲する民族宗教であると説明すべきでもありません。なぜ同じことをイスラームに対してやらなければならないのでしょう? 9・11は、僕がイスラームについて調べることを促しました。僕は預言者ムハンマド(神の慈悲と祝福あれ)の伝記を合計で10冊購入し、読みました。僕はキリスト教徒の視点からムハンマドを見たのではなく、歴史的・政治的・文化的観点からみるように心がけました。イスラームについて読んだ後、僕は改宗の決意をしました。僕は信仰への探求をし、遂にそれを見つけ出したのです。アルハムドリッラー。

改宗後の今、僕はイスラームに関する書籍を多く読みました。今現在は預言者ムハンマドの伝記を読書中です。僕は心から、自分の人生が良くなってきていると言うことができます。

低水準 高水準

コメントを付ける

  • (非公開にする)

  • あなたのコメントは審査の後、24時間以内に反映されます。

    星印 (*) の付いている項目の入力は必須です。

同カテゴリからの他の記事

観覧

毎日
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
合計
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)

編集者のおすすめ

(もっと 読む...)
(もっと 読む...)

リストの内容

あなたの前回の訪問
このリストはまだ空です。
すべての日時
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)

最もポピュラーなもの

最高の評価
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
最多のメール送信数
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
最多のプリント数
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
最多のコメント数
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)
(もっと 読む...)

あなたのお気に入り

あなたのお気に入りリストは空です。 記事ツールから、このリストに記事を追加することが出来ます。

あなたの履歴

あなたの履歴リストは空です。

Minimize chat