預言者による他宗教への寛容さ(前半):それぞれの宗教
説明: 多くの人々は、イスラームが他宗教の存在を認めないと思い込んでいます。この記事では、預言者ムハンマド自身が定めた他宗教の人々との付き合い方の基礎、そして彼が生前に示した模範について記載します。前半:預言者がマディーナで制定した憲法において見出せる、他宗教の人々に対する宗教的寛容さの例。
- より M. アブドッサラーム
- 掲載日時 18 Aug 2014
- 編集日時 31 Aug 2024
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預言者(神の慈悲と祝福あれ)の他宗教との付き合い方は、次のクルアーンの章句において最も良く説明されています。
“あなたがたには、あなたがたの宗教があり、わたしには、わたしの宗教があるのである。”(クルアーン109:6)
預言者の時代のアラビア半島には、様々な諸宗教が混在していました。そこにはキリスト教徒、ユダヤ教徒、ゾロアスター教徒、多神教徒、また無宗教の人々などがいました。預言者の人生を調べてみると、他宗教の人々へ示された寛容性の多くの例を知ることが出来ます。
この寛容性を理解するためには、まずイスラームが正式な国家であり、宗教の信条に沿った憲法が定められていた時代を見ていかなければなりません。彼が預言者としてマッカに住んだ13年間においても寛容の精神の例は多く見て取れますが、それはおおまかにはムスリムたちの評判とイスラームの地位を向上させるためのものであるという誤解がされてしまうおそれがあります。そのため、ここでは預言者のマディーナへ移住後、特に憲法が定められた後の期間に限定して記載します。
サヒーファ
他宗教への寛容さとして預言者によって示された最善の例は、初期の歴史家らによって「サヒーファ」と呼ばれる憲法そのものでしょう1。預言者がマディーナに移住したとき、単なる宗教的指導者としての彼の役割は終わり、彼はイスラームの原則に基づいて統治される国家の政治的指導者となりました。そこでは、長年に渡る紛争状態において失われていた、社会における調和と安定統治のための明白な憲法が求められてました。それはムスリム、ユダヤ教徒、キリスト教徒、偶像崇拝者たちの平和的共存を保証しなくてはならないものでした。そのため、預言者はマディーナに居住する全ての当事者たちの責任の詳細、つまりお互いの義務や禁止事項を記した「憲法」を定めたのです。全ての当事者たちはそこに記されたことに従い、憲法違反は反逆行為であると見なされました。
一つの国家
憲法の第一条では、マディーナの全居住者はムスリムを始め、協定を結んだユダヤ教徒、キリスト教徒、偶像崇拝者たちが皆「一致団結した一つの国家」であると明記しました。宗教、人種、家柄に関わらず、全員がマディーナ社会の市民であると見なされました。条約において次のように明記されているよう、他宗教の人々はムスリム同様に危害から保護されたのです。「我々に従うユダヤ教徒たちには援助と平等が与えられる。彼らは危害を加えられず、彼らの敵が支援されることはない。」それ以前、各部族にはマディーナの内外に同盟者や敵対者がいました。過去に存在していた協定を遵守していたそれらの異なる諸部族を、預言者は一つの統治システムに組み込みました。全ての部族はそれぞれが個別に持っていた同盟関係とは関わりのない、全体的な同盟を結ばなければなりませんでした。他宗教や他部族へのいかなる攻撃であれ、それは国家及びにムスリムへの攻撃であると見なされたのです。
ムスリム社会における、他宗教の実践者たちの生命も保証されました。預言者はこう述べています。
“誰であれ、ムスリムと休戦している者を殺した者は、決して楽園の芳香を嗅ぐことは出来ないだろう。」(サヒーフ・ムスリム)
ムスリム側は優位にあったため、預言者は他宗教の人々へのいかなる虐待も厳しく警告しました。彼はこのように述べています。
“注意せよ! 誰であれ、非ムスリムの少数派に対して辛辣で手厳しい者、あるいは彼らの権利を侵害する者、あるいは彼らが耐えうるよりも多くの重荷を課す者、あるいは彼らの自由意志に反して何かを奪い取る者は、私(預言者ムハンマド)が審判の日、その人物を弁護するであろう。”(アブー・ダーウード)
それぞれの宗教
別の条約にはこう記されています。“ユダヤ教徒には彼らの宗教があり、ムスリムには彼らの宗教がある。” ここでは、寛容さ以外は許容されないこと、社会のメンバーそれぞれの宗教は侵害されることがないことが明確にされています。それぞれは自分の信仰を自由に支障なく実践することが許され、いかなる挑発行為も許されなかったのです。
この憲法の中には他にも特筆に値する多くの条約がありますが、次のものが特に強調されるべきでしょう。“もしも問題になりそうな議論や論争が発生した場合、神とその使徒に委託されるべきである。” この箇所では、国家の全ての居住者たちが権威者を認知すること、そして様々な部族や宗教が関わる問題においては一人の指導者だけでは正義が導きだされることはなく、国家の為政者、またはその代理者であることが明記されています。しかし、ムスリムではない諸部族が彼ら自身の内政問題において、彼ら自身の学者や啓典を参照することは許されていました。もしも彼らが望んだ場合、彼ら同士の問題解決のために預言者の介入を求めることも出来ました。神はクルアーンにおいてこう述べます。
“かれらがもしあなたの許に来たならば、かれらの間を裁くか、それとも相手にするな。”(クルアーン5:42)
ここでは、預言者がそれぞれの宗教に対し、諸問題においては憲法の条約違反がない限り、それぞれの啓典に基づいて諸事を審査することを許しています。こうした協定は、社会の平和的共存という全体の福利を考慮するものなのです。
脚注:
1 Madinan Society at the Time of the Prophet, Akram Diya al-Umari, International Islamic Publishing House, 1995.
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